猫を題材にした小説随筆や猫好き作家をご紹介


by suzielily

プロフィールを見る
画像一覧

以前の記事

2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
more...

カテゴリ

全体
猫書籍
文学
Cat Salon,猫カフェ
猫写真、猫関連
猫TV,movie
音楽、music
本のまくらquiz
TVドラマ、movie
初めまして introducing
野球、baseball

最新のコメント

LuckySevenS..
by suezielily at 17:59
マンチカンが可愛すぎる可..
by LuckySevenStars at 17:20
LuckySevenS..
by suezielily at 17:33
suezielilyさん..
by LuckySevenStars at 13:37
nobikunJ さま..
by suezielily at 16:15
あけましておめでとうござ..
by nobikunJ at 12:56
nanako-..
by suezielily at 16:03
LuckySevenSt..
by suezielily at 14:41
あけましておめでとうござ..
by nanako-729 at 14:31
Last Christm..
by LuckySevenStars at 15:16

フォロー中のブログ

エコ猫な人々
すみやのひとり言・・・
路地猫のひとり言
ヒトは猫のペットである
春待ち日記
たびねこ
ちりめん戯縫
大杉漣の風トラ便り
4にゃん日記+
猫イズム
のらマニア ~長崎ぶらぶら猫~
浅草・銀次親分日記
シェークスピアの猫
ぎんネコ☆はうす
ルドゥーテのバラの庭のブログ
猫と文学とねこブンガク

外部リンク

最新の記事

ニャンニャンにゃんそろじー
at 2017-05-26 17:54
呪われた腕―ハーディ傑作選―
at 2017-05-25 18:01
猫なんて! 作家と猫をめぐる..
at 2017-05-19 17:07
猫カフェ 空陸家
at 2017-05-19 15:56
猫カフェ記事バックナンバー
at 2017-05-18 16:46

最新のトラックバック

ヘミングウェイ「雨の中の猫」
from ネコと文学と猫ブンガク
高見浩訳「雨のなかの猫」
from ネコと文学と猫ブンガク
一茶の猫俳句
from ネコと文学と猫ブンガク
「波の塔」の猫
from ネコと文学と猫ブンガク
内田百閒の広告
from ネコと文学と猫ブンガク
キャットサロンの猫
from A Cat, a Camer..
キャットサロン(A Sa..
from 猫と文学と猫ブンガク
日経新聞・フィギュアの世..
from ナチュラル&スローライフ

ご注意 notice

野球川柳、写真、英文記事等は無断転載禁止。 コメント下さった方、有難うございます。

ライフログ


芥川龍之介全集〈5〉 (ちくま文庫)


猫に時間の流れる (中公文庫)

検索

タグ

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

猫
本・読書

画像一覧

好きな映画ベスト10(裏)

 裏ベスト10の解説を長い事放置して、書いていなかった。以下、順位。
1位 マイ・ビューティフル・ランドレッド  2位 眺めの良い部屋
3位 ピアノ・レッスン (”The Piano”)  4位 リトル・ダンサー (“Billy Elliot”)
5位 人生は長く静かな河   6位 サンドイッチの年
7位 セントラル・ステーション  8位 蝶の舌
9位 アナザー・カントリー  10位 モーリス 10位 ベティ・ブルー
e0265768_19115571.jpg




“My Beautiful Launderette”は、ダニエル・デイ・ルイスの出世作。ほぼ同時期に”A Room with a View”で全く違う役柄を演じていたので、「カメレオン俳優」とあだ名された。長沢セツ氏が熱い映画評を書いておられた。ダニーのスタイルの良さ、特に指や声の美しさを賞賛しておられたが、同感だ。
余談だが、ルパート・エヴェレット、コリン・ファースは映画版の「Another Country」に主演していたが、デイ・ルイスやC・ファースも舞台版でガイ・ベネット役を演じたことがあるそうだ。
ルパートが最高に美しく退廃的だったあの青年役をダニーやコリンが。見てみたい。
コイン・ランドリーを幼馴染の白人男性(ディ・ルイス)とパキスタン人のオマールが共同経営するお話だが、英国、特にロンドンの街の失業問題に絡む若者達と有色人種の対立、複雑な社会背景が描かれていた。
欧州ではNational Frontというと、有色人種に対する人種差別も含む。日本とは随分違う。
デイ・ルイスは祖父が王室付きの桂冠詩人で父も作家、母は女優という上流階級(厳密にはMiddle Classなのかもしれないが、日本人の目から見て「上流では?」と思える家庭も映画では中流として描かれることがある)の出であるが、幼少時をロンドンの下町ですごしたこともあるという。その経験が、この映画で活きたのだ。オマール役の青年も爽やかな好演で、父や叔父役の俳優もとても良かった。
デイ・ルイスがペンキを塗る場面の腕の美しさ、洗濯機をひらりと飛び越える場面など、息を呑んだ。そして皮肉な、陰影を帯びた表情。
題名の美しいランドリー、が暗示するのはオマールから見た英国社会での出世のことか、美しい白人青年のラリーのことか。
”A Room with a View”はヘレナ・ボナム・カーターの初々しさと脇に廻った若手と初老の名優達、ジェームス・アイヴォリー監督以下、製作者達の完璧なアンサンブルが素晴らしい。
欧州の、貴族階級が没落してきて労働者階級の勢いに取って代わられる社会情勢。そういう時代を描かせたら、英国の映画が一番優れている。
服装や身のこなし、話し方、話す内容、余暇の過ごし方などで階級の違いを表しているようだが、哀しいかな、日本人の私にはどの俳優も美しい響きのイングリッシュを話しているようにしか聞こえない。
シシル(デイ・ルイス)が好むクラシック音楽と、ルーシーの弟(R・グレイヴス)が弾き語りする流行歌(シシルは席を外す)の対比。ここら辺りの演出は見事だ。
この映画も題名が意味深だ。表向きの主役はルーシーだが、窓のある部屋の外の世界に足を踏み出せない、高踏遊民のシシルが裏の主役か。
原作はE・M・フォースターで、吉田健一氏がフォースターの作品の翻訳を多く手がけていたという。この作品は別の翻訳家だったようだが。吉田氏の小説は読んだことがないが、翻訳なさった作品なら、読んでいるかも。
”The Piano”は、J・カンピオン監督が当初、ヒロインとしてエミリ・ブロンテのような女性を想定していたそうだ。そして長身であること。シガーニー・ウィーバーがエイダ役に決まりかけていたが、H・ハンターが自分でピアノを演奏するVTRを送り、彼女に決まったとか。
この映画の後に、二人が共演した「コピーキャット」という映画があった。凶悪犯役で達者な「ピアノ」演奏でも知られるHarry Connick Jr.が共演というのも偶然か。
エイダ役については、メグ・ライアンのオーデション参加も噂されたが、日本の映画誌で質問されると、はぐらかしていた。
この映画はカンヌ映画祭ではパルム・ドールとグランプリ、どちらか忘れたがC・カイコー監督の「さらば我が愛」と分け合った。オスカーでは、「シンドラーのリスト」の独占を阻んだ。
”The Piano”は美しくも恐ろしい映画である。New Zealandが舞台ということで、Australia映画の「Picnic at Hanging Rock」(ハリウッド進出する前のP・ウィアー監督)と双璧である。
監督は海岸にピアノを置いてみたかったという。映画音楽というと、私はM・ナイマンとG・ヤーレが大好きで、彼らの映画サントラを数枚所持している。
1枚1枚が絵画的で素晴らしいカット揃い。俳優陣も凄いが、映像による映画文法を見せつけられると、全く映画というものは監督やキャメラマンの所有物だと思う。
エイダの娘が女の部分に嫉妬して密告する場面など、若き日のA・ヘップバーン、S・マクレーン主演「うわさの二人」の少女達(そのうちの一人が「Alien」の、シガーニーではないもう一人の女性乗組員)をご参考までに。
“Billy Elliot”のサントラCDと英語のノベライズ本も300単語程度の短縮版だが、所持している。
この映画が公開されて随分たつが、才能豊かなジェイミー・ベル少年は「太陽の帝国」主演時のクリスチャン・ベールを思わせた。大変な美少年だったベールも、性格俳優というか美青年路線ではない方向へ。
なんせ、あの作品で親代わりと言っていい役柄だった共演者がジョン・マルコビッチだったから。
ベル君は(名前がベールと似ている)バレエと俳優業、どちらにも非凡な才能を見せていたが(日本でいうと、「家政婦のミタ」の本田望結。荒川静香氏より、Fスケートに本格的に取り組んで、とお声がかかったとか)、彼はその後、どちらの道を選んだのだろうか。
私はDボウイが大好きだが、T・レックス及びM・ボランの声質にはまるで興味が無かった。それがこの映画で”Cosmic Dancer”を聞いて見直した。
音楽の使い方が巧い。ビリー少年が父との葛藤で、外の壁を叩いたりしながら踊る場面ではThe Jam の“Town Called Malice”, 炭鉱で働く父と兄のストライキ場面は、ずばりThe Clashの “London Calling”というベタさで、映画館の中で大騒ぎしていた私である。
主人公はビリーだが、炭鉱の街を出ることがないであろう、父、兄、祖母、親友、バレエ教師そして亡き母の映画であるとも言える。
“What do you feel like, when you’re dancing? ”とバレエ学校のオーディションの時、教師はビリーに尋ねる。
ビリーの答えは”Don’t know…I’m feeling flying like birds, like electricity, yeah, like electricity”だった。
ビリーの踊りはおそらく、荒削りで当落選すれすれだったのでは。それでも気になった教師の一人が聞いた質問の答えが決め手になったのだろう。(この英語部分、私のヒアリングが不十分なので、正解が分る方、お願い致します)
“人生は長く静かな河”は喜劇だが、ほろりとくる場面もある。フランス映画。
お金持ちと貧乏な2つの家族、どちらも子供が沢山いる。貧乏一家のモモという少年、10歳くらいか。兄や姉もいるが、むしろ彼らよりも生活力旺盛で、賢い。セレブ一家の長女。美少女だが、何か他の兄弟妹よりも品位の無さを感じさせることも。
産婦人科医を演じる往年の美男スター、ダニエル・ジェラン。彼は長年、看護婦長と不倫関係にある。
婦長に対して不実な行動を取る医師に、彼女が企んだ痛烈な復讐とは。彼女は数年後、その顛末を綴った手紙を出す。医師が「ラザロ…ラザロ(あばずれ)」とつぶやく姿が可笑しい。
2つの家族には大きな秘密が出来てしまった。その、当人である子供の一人が、ある行動で両親たちを驚かせる。知ってしまったのだ…この演出が凄い!
セレブ一家の子供達が美形揃い。朱に交われば赤くなる、というが貧乏一家の悪ガキ共に影響されたのには笑った。映画のラストで、セレブ一家のお抱え?神父がギター片手に歌う曲の可笑しさときたら!
この神父も何やらうさん臭い。欧州の上流家庭には、必ず相談役のような宗教家が近くにいる、という描写が映画の中に見られる。(「山猫」「眺めのいい部屋」など)
映画の題が示す意味は…セレブ一家の母が嘆く場面で、子供の一人が言う言葉だ。
「サンドイッチの年」はフランス映画。ピエール・ブートロン監督。
第2次世界大戦から、あまり年数は経っていないと見られるパリの町。
15歳のユダヤ人少年、ヴィクトール。両親は消息が分らず、親戚の家に預けられていたが、そこを飛び出してきた。
地下鉄の構内で皮の鞄を持った裕福そうな同世代の少年、フェリックスと会う。彼は夏休みの間中、伯父の手伝いを両親に言いつかりパリに来ていた。2人の少年は互いに読書好きもあってか、意気投合する。
フェリックスはドス・パソスの「マンハッタン乗換駅」という本を渡す。ヴイックは以前いたアパルトマンに向かうが、もう彼の知る人は誰も住んでいない。途方に暮れるヴィックは古物商の求人案内を見つける。
店主のマックス爺さん(ポーランドのビートたけし!?、ヴォイチェフ・プショニャックの名演!)は偏屈で皮肉屋だが、面白い人だ。住み込みの仕事にも慣れ、フェリックスとの友情も順調。
ある日、闇取引をやっている少年ブーブールとの関わりからとんだ事件に巻き込まれる。
ヴイックを演じるトマ・ラングマンは「愛と宿命の泉」のクロード・ベリ監督の息子。
映画の題の意味は、ラスト近く、マックス爺さんから語られる。
映画パンフで子役時代から活躍する松田洋治の文が印象的だ。日本の作品の場合、子供の扱われ方がとってつけたみたいで、意味もなく、可愛いだけ、何でこういう作品が作れないのだろう、とうらやましがる。
このベスト10に入れていないが、「子供が作品の中心で、ホロリ」の作品ばかりでないのが外国映画に、ある。「こんなふうに子供を使うか!」と驚いたのはベルイマン監督の「処女の泉」。フランスとカナダの合作映画だったか、「柔らかい殻(Reflecting Skin)」とニキータ・ミハルコフ監督の「太陽は夜も輝く」。
後者の2本はパンフを映画館に置いておらず、題名もうろ覚え。ミハルコフ監督作品は本人が主人公の元軍人で登場するし、検索すれば分るだろう。BSでも放映されたこともある。
「セントラル・ステーション」については、その映画を「見たい」と言っていた三人の映画好きの方々と、一期一会があった。
長崎の映画館まで見に行った帰り。高速バスがJR駅ではない街中にも停まるので、待つ間に駄菓子等を売る小さな店に入った。上品な老婦人が中年の女性店主と映画の話で盛り上がっていた。私が、見てきたばかりの映画の主演女優の素晴らしさについて話しておられ、ついお仲間に加えて頂き、バスに乗り遅れてしまった!
数年後。佐賀市の猫カフェに行った時、常連客の若い男性が地元の某放送局の記者氏であった。映画好きの趣味で話がはずみ、「セントラル・ステーション」の話をすると、「母が見たいと言っていた映画です」と。
“Central Station”は識字率が高くない国、ということで物語が紡がれる。手紙の代筆屋という職業が存在するとは。主演のモンテネグロが素晴らしい。公開時に淀川長治氏がご存命だったか分らないが、アンナ・マニャーニを思い出されたかもしれない。
政治情勢が安定していない国のほうが、いい映画が作られることは、多々ある。
以前、公園で猫と遊んでいたら、中国人留学生の男女も猫好きであったのか、達者な日本語で話しかけてきた。自分の持つ中国の知識を最大限披露して…主に映画の話だが、「菊豆」や「紅いコーリャン」(原題を知らないが、そのまま通じた)の話をすると、「国内では非公開」ということだった。
「蝶の下」
1936年のスペイン、ガリシア地方の片田舎。喘息持ちのモンチョは1年遅れて小学校に入学する。なかなか周囲に馴染めないモンチョに、担任のグレゴリオ先生は優しく接してくれた。モンチョの両親も先生を尊敬し、モンチョの兄の初恋の場面など、穏やかな日々。
やがて内乱が勃発、共和党のグレゴリオ先生の身に起こったこととは。
題名の「蝶の下」、これは映画の最後の場面で、重要な台詞として発せられる。
「Another Country」と「Maurice」は、1900年代初め頃の英国のエリート高校生(「モーリス」は大学生)が主人公という共通点がある。
映画の出来栄えは後者のほうが良いのだが、主演級の俳優陣ではR・エヴェレットとC・ファースのほうが、「モーリス」の3人よりも好きなので(笑)。
しかし彼らが後年、ハリウッド映画で活躍するようなスター俳優になるとは、想像できなかった。特に「二枚目なのにドジな」男性で当たりをとったヒュー・グラントと、英国国王の役でオスカーを獲得したコリン・ファース。
Scotland出身の男性が言うには、「C・ファースのほうがOxbridgeアクセント」ということだった。
H・グラントやR・エヴェレットの話し方ときたら、「あぁん…」と鼻にかかったような、キムタクがうんと上品になって英国人になったような気取りに苦笑してしまう。
「アナカン」の英国トラッド、特にルパートの着崩し方ときたら、日本で最も洗練された可愛らしさでお洒落だった雑誌「Olive」で、映画「Stranger than Paradise」の主演俳優2人のファッションと共に、真似されたものだ。この映画、女性が登場する場面は主人公の母親だけ。どんな内容なのか、推して知るべし。
「Maurice」は「眺めのいい部屋」「Howard’s End」と併せてE・M・フォースター原作、Jアイヴォリー監督以下、ほぼ同じ製作スタッフで作られた三部作といっていい映画の一つ。
大学の同級生のモーリスとクライヴが同性愛の関係になる。二人が気持ちを確かめ合うに到るまで、苗字で呼び合う。いつしか名前で呼ぶように。しかし、クライヴが別の友人の事件(オスカー・ワイルドがモデルかと思われる)を契機に、モーリスへの愛を諦め、女性と結婚してしまう。
やがて、モーリスはクライヴの屋敷に勤める森番(Game keeperという語彙は英国特有で、米国人は知らなかった)のジョンに惹かれるようになる。ジョンは当初、結婚式か何かでその他大勢の人物と共に、画面に小さく登場する。その次は、クライヴの広大な敷地でモーリスと狩りに興じる時、主人筋の後ろに控えている。と、このように徐々にモーリスの視界に入るジョンが絶妙な演出で表現されているのだ。
驚いたのは、ジョンがモーリスの滞在している部屋に「I know」と言いながら侵入してきたこと。映画を見た友人と「何で分るのよ」「分るのねー」とはしゃいでいた。
ウィルビーは「眺めのいい部屋」では端役で、グレイヴスはヒロインの弟役だったが、監督は二人に主演級の役を与えたのだ。
ウィルビーは堅実な演技と英国紳士らしさで、「林檎の樹」や「Handful of Dust」(後者はグレイヴスと共演)「チャタレイ夫人の恋人」などでも印象的だった。
原題は「37℃ Le Matin」という「ベティ・ブルー」
女性が一番妊娠しやすい体温だそうだ。内容を考えれば、意味深な題である。
過激な描写があるので、R指定だろうがベティとゾーグの、周辺の人間からするとはた迷惑な深い愛情の表現と思えば、いっそ切ない。
フランス映画を見ていると、映画前半の場面では幸福な家族や恋人達の映像を見せつけるのだが、ああこれは、結末はきっとHappy Endingではないな、というのが分る、直感で。「トト・ザ・ヒーロー」、「髪結いの亭主」、A・ヴァルダ監督の「幸福」などなど。
この映画もベティが軽トラの荷台に坐って運転席のゾーグに向かって「ジュ・テーム!」と叫び、ゾーグが「聞こえない!笑顔で怒鳴る場面で涙が出た。この幸福はきっと続かない…美しい映像とG・ヤーレの音楽、J・Y・オングラードの繊細な演技とバルドーの再来と言われたB・ダルの輝く健康的な退廃美が予感させる。ゾーグを演じるジャン・ユーグはジェラール・フィリップを街のアンちゃん風にした美男だ。
ゾーグは小説家志望だが、しがないペンキ屋。ベティという美しい娘に会ったばかり。ある日ベティは、ゾーグの書いた小説の原稿を見つけ、彼の才能に惚れ込む。両手で打てないタイプライターをぎこちなく指で清書するベティ。ピアノ演奏も達者なゾーグは、ピアノを弾けないベティを隣に坐らせ、ベティは指一本で伴奏する。これらのシーンはとても印象的だ。野島ドラマの「この世の果て」で真似されてもいた。
ゾーグの才能を信じるベティは、出版社にタイプ原稿を持ち込み売り込むが、断られて逆上し、過激な行動に走る。ベティが望むのはもう一つ、愛するゾーグの赤ん坊も。その願いが叶えられるのか…
初めてこの映画を見た時は号泣した。数年後、ディレクターズ・カットの流行で、この作品も完全版を見に福岡のシネテリエ天神まで行ったが、今はもう閉館されてしまった。完全版はゾーグの出演場面がもっと多かったように思う。
白い猫がとても印象的な場面で登場する。映画を見た当時は、猫に関心が無かったので覚えていなかったが、パンフを見返して気がついた。不覚。
前田敦子は年間に相当の映画を見るそうだ。映画ノートに見た映画を列記し、映画館で、DVDでの区別も記載していた。雑誌のインタビューで見て、友人の影響もあるようだが、「月曜日のユカ」や「トト・ザ・ヒーロー」もノートに書かれていた。影響力の強い若い人気者が昔の映画に注目する、いいことだ。

e0265768_19152923.jpg

[PR]
by suezielily | 2013-04-15 18:20 | TVドラマ、movie